NHK大河ドラマ「八重の桜」第35回「襄のプロポーズ」

おおおっ!プロポのジョー!お前は本当に八重様に求婚していたのか?明日を信じて求婚したのか?お前が求婚したのは八重様ではない、お前はお前の明日に求婚していたのだ~~~!あ、いえほら、いきなりのプロポーズってのはあんまりだと思ってしまいまして・・はい~。いっかに槇村様にそそのかされたとはいえ、ほぼ初対面でいきなりってのはちょっと。っていうかもしかしてUSAでもたくさんの女子衆にプロポーズして来たのではないかしらと思わず知らず疑ってしまいますよねえ、襄様・・・。

明治8年夏。女紅場の八重様、こんな時間にどうしたの?場面代わって山本家では夜中にビックリ!みねちゃんがお庭の襄様を目撃してお化けだ~~っと大騒動!元に戻って女紅場では許嫁のお写真をこっそり見ている生徒たち。八重様が軽く注意して・・・そして思い出すのは先週の襄様のプロポーズ。気になって眠れねえ、と八重様。眠れない、と襄様。山本家に居候を始めた襄様なのでありました。

 山本家の朝ごはん。箱膳ですねえ趣があっていいですねえ。悩み事があって外に出ていたと言う襄様を問い詰めれば、実は八重様にプロポーズしました。プ、ププププロレスニュース・・・ではなく!プロポー?と佐久母上は目を白黒。何とも変わったお人だこと~。
 しかもご飯の後片付けに台所に入って行ったわ。男女同権って事?時栄様も口あんぐり。とはいえ襄様は明るく正直フラットベースでフレンドリーな良いお人、八重様にとって悪い話ではないと話しあう兄様と母上。ですが、尚之助様の消息が心に引っ掛かりまくってらっしゃる。

 気を取り直して厳しくお裁縫の授業をしている八重様。そこにやって来たのが昔なじみの時尾様!いやいや、懐かしいなああ。涙涙の感動の再会です~。で、時尾様と一緒に来たのがなんとなんと斎藤一様!今は藤田五郎様?視聴者的には案の定のオダギリジョーでご結婚されてるお二人!分かります分かります、確か警官になられたんでしょう?それで悪即斬で牙突でひゃっほい・・・それはまた別の話でしたか、こりゃ失敬!

 京都府庁で槇村様に直談判の襄様。書類はちゃんと揃えてきました!が、受け取れんとなあああ?耶蘇の宣教師は坊主が認めん?苦情の嘆願書がどっさり?いやいやそんな料簡の狭い事を・・・。京都で坊主を敵に回したら、怖い僧兵が神輿を担いでワッショイショイ・・ってのもまた別のお話でしたっけ、でもでも明治の御代になってもやっぱり坊主にゃ敵いませんか槇村様?自分でお寺を回って口説いてみろと襄様を突き放して交渉終了~。

 時尾様ご夫妻を山本家にお連れした八重様。兄様にとっても母上にとっても昔なじみの時尾様ですものねえ。このお二人、なんと大殿様の容保様のお仲人で結婚されたんだとか!旧藩士としたらこの上ない名誉な幸せ!山川浩様や佐川官兵衛様が後押ししてくれたって、いやあ、苦労されただけより一層仲良くなった感がございますねえ。時尾様の初恋のお相手の浩様、斎藤様と犬猿の仲だった官兵衛様、共に心からのお祝いのお言葉、さらにさらに容保様のお言葉、ようやく一つ報いることができた、最後まで会津に尽くしてくれたものにいつか報いたいと願っていた、幸せに暮らせよ。・・・光栄光栄大コーエーじゃないですか時尾様。質素だけど屏風はゴージャスで清浄なセット、光のアテ具合も綺麗なシーンでした。
 容保様は今でも一日も欠かすことなく戦で亡くなった人たちを御供養されてらっしゃるとか。そこにご帰還の襄様。斎藤様ってかつてオダジョー様が演じてらっしゃったんですよねえ。自分で自分に会うような・・そんな感傷に流されるようなオダジョー様じゃあなかったですか。お坊様の反対運動でキリスト学校設立は絶体絶命大ピンチとうなだれる襄様なのでした。夏の夕暮れの雰囲気が良く出てます。今作はイイ感じに絵が出来てますよねえ。

 夜の縁側、京都の夜は暑い暑い。行燈がやけに明るい。でも昔語りで旧交を温める八重様と時尾様。泣きごと一つ言わなかった斎藤様が、お前が支えだったと感謝の言葉を言い出されて、ってのがなれ初めだったみたいよ。視聴者的にはその前からもうずいぶんフラグが立ってましたけどねええ~え。
 そして話題になるのは尚之助様の事。厳しい境遇は分かるけど余りにもそっけない態度の尚之助様をちょっと恨む感じの八重様。時尾様がおっしゃるには、斗南の生活はそりゃあもう苦しかった、だからあの時米の買い付けがうまくいっていればと、尚之助様は自分自身を責めておいでなのでしょう。だから何もかも助けも拒んでいるのだと。
 さらに、もしも八重さんが尚之助様の立場なら、きっと自分の事は忘れてほしいというんでねえべか?大切な人を辛い境遇に巻き込みたくねえもの!今宵の時尾様はツッコむツッコむ・・・。八重様もついに絶句♪
 そんなところにご陽気なコンビが乱入!襄様と斎藤様が仲良く一緒よ。ゴッつうゴッ機嫌です~。俺はこの人と飲み明かす、おい時尾アメリカでは女が男の前を歩くそうだおかしな国だあはは~~~♪どうされましたか斎藤様?これまでのキャラが総崩れよ?ウチの人が笑ってるって時尾様までビックリ仰天。
 初対面の襄様に対して、血で血を洗った京都での生活を、でも妙に懐かしく思う気持ちとか、だからこそ時尾様にこの京都を見せたかった心情とかを残らず打ち明けてらっしゃる斎藤様。襄様はお酒も飲まずに思いやりの態度で聞き役に回ってます。なんだかあれみたいね、告解します神父様、みたいな・・・。

 東京の尚之助様。咳き込みながら何か原稿を執筆されてる?やだ、お顔が真っ青よ!死に物狂いで書いているご様子!しっかりしろよと自分を励まして!いやでも本当にお悪そう・・・え?倒れてる?人事不省?あかん!この顔はもうアカンで!尚之助様~!!

 さて日を改めまして女紅場で英語の資料作りをしている八重様。尚之助様と同じにお書き物みたいな繋がり方ですねえ。で、そこに突如山本家から至急帰れとお呼び出し、ならばと八重様が席を立ちます。ここで坊主に叩きだされる襄様のシーンが挟まりまして、あらやだお怪我?シーンが戻って八重様が山本家にやって来ますと、兄様&母上がただならぬ表情で待ち構えてらっしゃる。
 兄様が沈痛な面持ちでおっしゃるには、尚さんが死んだ。ガッガ~~~ン!!胸を患っているのに無理して仕事をして死期を早めたみたいよ。その仕事ってのがこれ・・「会津戦記」!容保様の守護職拝命以来の会津藩内の出来事を綴る著作です。でも鶴ヶ城籠城戦の途中で絶筆!
 またも取り残された悔しさでかたくなな態度を取るのか意地っ張りな八重様です。泣きそうで泣かない!顔が怖いよ!で、尚之助様の供養もせずに仕事に戻るって。
 そこにまたタイミングよく襄様が帰って来られて、坊さんとの交渉で暴力を振るわれて傷を負って、傷薬を貸してもらえますかって。で、傷口を見ると往年の尚之助様の傷の手当てが思い出されて感情が迸った八重様!また独りで勝手に・・・と言い残して襄様を振り捨てて失せにけり失せにけり~~。
 あとに残された襄様に覚馬兄様が事の由来を説明されます。親友の尚之助様に家の事や会津の事を託したのは兄様。尚之助様はそれを律儀に守ってらっしゃいました。戦に敗れても斗南で辛酸をなめても・・。そしてなじょして会津が滅びねばならなかったかを書き記したのがこれだ!「会津戦記」!そして自分を責める兄様、何一つ報いてやれなかった、尚之助は病に倒れたんではねえ、あの戦で死んだんだ、ゆっくりと時をかけだ戦死だ!
会津戦記を目にした襄様がおっしゃるには、なんて力強い字だ。死を目前にした人のどこにこんな力が?最後の一文字にまで気迫がこもっています・・・とまあ、自筆原稿を目にして尚之助様の人となりを理解しちゃった感がございますねええ。
 一人で涙を流す八重様。ほんっとに意地っ張りね。わだすまた置いてかれた・・(涙

 さああって襄様のリベンジだ?聖書講読中の八重様を訪うてピクニックに誘います。手には時代が付いてて可愛いバスケット。おお~アメリカ~ン。人力車に乗ってやって来たのは鳥羽街道の南・・・え、鳥羽伏見の戦いの激戦地ですか!ちょっと霧が出て変な雰囲気ですよ。
 三郎さんが闘った場所ですって、八重様にとっては鬼門じゃないですか!やだ、帰る、と言う八重様を引きとめて、三郎様や身近な人たちの亡くなった現実を受け入れなきゃダメだと言いつのる襄様。辛くてもそうしなかったら死んだ人たちが安らかに眠れない、あなたの心の中の戦も終わりません!にゃるほどやっぱりキリスト教の宣教師ですね、いろいろ見通してらっしゃる。
 八重様が、あなたに何がわかるのですか!と言い放てば、襄先生返して曰く、分かりません、私はあなたに代わって悲しむことはできません、できるのはただ悲しむあなたの傍に居る事だけです。そして三郎様の気配はないか何か聞こえないかななどと訳の分からない事を言いつつ石に耳を押し当てる。オダジョー様スタイル良いなあやっぱり。
 おがしなことを!残っているはずがねえ!やめてくなんしょ!なんにも聞こえるはずねえべした!八重様必死の抵抗ですが、あいては手練れの聖職者。ほらほらと手を地面にあてさせられれば思わず、土はあったけえ・・・。
 途端に畳み掛ける襄様、亡くなった人はもうどこにも行きません、あなたの傍に居てあなたを支えてくれます、あなたが幸せになるように強くなるように、誰よりも尚之助さんがそれを願っている!そしたら八重様に聞こえてきましたよ、っていうか蘇りました、在りし日の三郎様、権八パパ上!そして尚之助様のプロポーズ!あの時やその時の尚之助様、愛の日々・・・。
 ようやく戦の後遺症のPTSDから立ち直るきっかけを得た感じの八重様。すかさず出てくるサンドイッチ!私が作ったんですよと勧める襄様。ハムとチーズですかねええ、あらおいしい・・・。女子を落とす最終兵器、イケメンの手料理!やるなあ襄様。え、でも土をいじったのに手も洗わずに?別の手でしたか・・・まあ八重様なら大丈夫でしょうけど・・・。なんですか、傍らで必死に樹をよじ登っているカブトムシがまさか八重様の象徴とか???

 槇村様に今度は覚馬兄様が直談判で襄様の学校設立の話し合い。坊主が手に追えんとおっしゃる槇村様。さらに宣教師が学校で教えるのは法令違反だとか。ワシには法令違反はできんと、こないだの所業からは考えられない手のひら返し!小野組の一件以来わしも知恵がついたと、酷いなああんなに助けてもらったのに。
 あなたは誰のために政を行っているのですか?京都の為ですか?それとも成果を手に政府に取り入る為ですか?と兄様が責めれば、そげえな事会津の者に話してもしかたないと、アンタ所詮日の目を見ん側の人間じゃと、これも手のひら返しの差別発言!暗黒面に落ちたっ!学校建設はにっちもさっちもブルドックな感じです~。
 八重様が行き会ったのはお寺から叩きだされる襄様。学校建設の説得に失敗しましたね。無抵抗主義ね。また手のひらを怪我したのね。今度は八重様が荒療治で治療してます。いたいいたいと情けない襄様。
 改めて正座して、私の妻になって下さいと言い出す襄様。尚之助様を忘れる事は出来ないと言う八重様に対して、いいのですそれで、むしろ忘れないで欲しい、私は川崎さんに喜んでいただけるような夫婦になりたいのです。私の伴侶はあなたしかいない、きっと素晴らしいホームが築けると言いつのります。
 これで八重様覚悟を決めた?はい!と涼しいお顔でお返事です。そして言うよう、新島さまは本当に面白い、私あなたと一緒にホームを作ってみます!ありがとうと抱き着く襄様!諦めずに押せば通る物なんですねええ、って事で、学校の方はともかく襄様のプロポーズ大作戦は大成功~~~。

この記事へのコメント

鹿二郎
2013年09月02日 04:33
おはようございます。
今回は結婚に求婚、めでたいことですが、ここにいたるまで、多くの人が死んだのですね。容保様はすっかり墓守のような表情、実際、謹慎解除後は神職を勤められ、政治の表舞台に出ることはせず、会津戦争については生前、一切語ることはなかったそうですから、その心中いかばかりかと。
 そういえば、神職引退後、東京に構えた屋敷の隣は徳川慶喜公のお屋敷だったそうで・・・

しかし、斉藤一様は新撰組なかでは強運の持ち主。この後西南戦争に従軍し、男子3人に恵まれ、77歳の天寿をまっとうします。佐川様は熊本で戦死してしまい・・
かえ
2013年09月02日 20:10
襄のプロポーズ作戦成功でおめでたい。
長引く裁判の中で病にかかり亡くなって
しまった尚之助さま、戦争を生き残った方々は
会津を大切な人たちを守りきれなかったという心の
傷が消える事はないのですね。。。
2013年09月04日 19:51
鹿二郎様、おはこんばんは~~~!
プロポーズ成就は本当におめでたいんですけど、確かに事がここに落ち着くまでに何人何十人何百人何千人何万人の命が散って行ったかと思うと・・・(涙)
でも戦が残酷で惨たらしくて地獄の有様なればこそ、生き残った人間はいっそう一所懸命命の花を咲かせなくてはいけないんじゃないですかねえ、むしろそれが義務なのではないかと、某プライベートライアンを観て以来の私の人生観なのでございます・・・。
西南戦争で一花咲かせて散った方、生き延びて天寿を全うされた方、それぞれの戦後っていうか、つまり西南戦争までが一つながりだったのかなあ、みたいな感も~~。
2013年09月04日 19:58
かえ様、こんばんは~~~。
アゲアゲの襄様に対して、悲しい末路の尚之助様・・・。
でもでも最後の最後まで前のめりだったんだと思うんですよ~。会津の鶴ヶ城の中で果敢に散って行った命!それをなんとしてでも後世に伝えてやる!っていう気迫!
ですからあれは戦死であったと悼む覚馬兄様は、すまないすまないという前に、あっぱれ気高き武士の魂よと、ちょおおっとは褒めてほしかったかなああ、って~~。

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