真田のよもやま話

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zoom RSS NHK大河ドラマ「八重の桜」第50回最終回「いつの日も花は咲く」

<<   作成日時 : 2013/12/15 20:56   >>

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有終の美を伝えてよ蔦紅葉

いよいよ本日は最終回!こうなったらもう競走馬のロードカナロア号のような有終の美を!イケイケ日本のナイチンゲール!・・・あ、いえ、日本の○○とか幕末の○○とかよりも、八重様は八重様らしく堂々のシメを!一つよろしく〜っ!

 明治27年の1894年、日清戦争は激しさを増してまいりました頃、八重様は広島陸軍予備病院で大活躍、っていうか激戦を物語る負傷兵がいっぱい。看護婦姿の八重様、すっごいお似合い!帽子が可愛い!って、浮かれている場合じゃなかった!坂の上の雲みたいな映像が重なってまいります。旅順攻略大山閣下!
 京都の山本家=新島家を守るはお母様お二人。佐久様と登美様、仲が良くてよろしいご様子。落ち着いた物腰がちゃんとお年寄りになっててご立派です。ゆったりしててイイ感じだわ〜。
 いつになく優しげな八重様。最終回のオープニングはスペシャルバージョンです!タイトルとコーラスがちょっとだけあって、すぐさま本編が続いて、これはいい演出でした〜〜〜!

 病院に運ばれてきた敵国清国の負傷兵、日本人の治療は受けぬと駄々をこねて暴れてらっしゃるの?しかし八重様慌てず騒がず怯まずに日本語で説明してちゃちゃっと手当をしてしまいまして候。かつて会津の戦争で、敵国の兵も同じ人間だったという苦い記憶が実を結びましたか?こういうお仕事には適任だったわけですねえ。
 今度は日本の兵隊が、病院と言えども軍の事で女子の出る幕ではニャイ!しかも敵兵を手当てするなんてトンでもニャイとプチヒステリー?ここで八重様の顔の広さがモノを言います、敵なればとて傷をうくるもの仁愛を持って助けよ!大山司令官閣下の御訓示をお忘れですかっ!ギロリん!ますますもってこういうお仕事に適任の方でしたねえ、八重様〜。
 傷ついたものを看護するのに男も女もありません!戊辰の戦の時にも看護は女子の仕事でした、私は会津のお城に居ましたから!と八重様に言われて、若い兵隊が絶句してましたわ!ますますますますこれ適任〜〜!
 感染病棟でも危険を物ともせず看護する赤十字看護婦連の心強さ!お歌までイイ感じです!みんなが頼りにするのはやっぱり八重様。今日もご苦労様でした〜〜〜。思わずお茶の間のこちらまで、ご苦労様でした〜!パイオニアは何時も反対される、まずやってみせんべ、道は私たちが作ればいい!説得力満載だよ八重様〜。

 11月、その大山司令官閣下は旅順総攻撃!昔の軍服はカッコいいなあ大山閣下。これが大成功でバンバンザイ!でも八重様のいる病院では、死にゆく兵の悲しさに包まれております。そこに徳富蘇峰様が取材にやって来られました。国民新聞に勇敢な負傷兵の方の記事を載せて戦意高揚に努める腹積もり?八重様にあらせられましては、だったらコレラや赤痢で亡くなる方を報道して衛生向上につなげてほしいとのお考えですが、蘇峰様はあっさり却下。
 国民を一方向に向かわせるために記事を書くと・・あなたはすっかりマスコミの人になってしまったんですかねえ、蘇峰様・・・。前線の大山様は寒さで苦しんでます。旅順がたやすく落ちて政府の援助が後回しに?苦労するのはいつも末端の兵士たち・・・(涙)。そういう真実は一向報道しようともしないマスコミって・・・え?ケチケチケーのオウンゴール?(汗)

 板垣様に強硬路線を談判している蘇峰様。幕末の苦しみを知っている板垣様に対して、イケイケどんどんな蘇峰様。お兄ちゃん若いのうと看過されてますよ蘇峰様。板垣様はそりゃあもう、会津の皆様の命果てる様子をつぶさに見て来られましたから!西郷家の涙の悲劇!若い者にはわからんのだなあ、これが〜〜!ほらほら、赤十字の看護婦の皆様に、敵方の清国の方も頭を下げて有難う〜〜〜!
 とは言え、明治28年の1895年講和条約締結で、日清戦争は日本の大勝利に終わりまして候。

 八重様は京都に帰りまして、改めて思うは襄様の理想の世界、敵を憎まず苦しむ人悲しむ人に寄り添う世界。私は襄の世界を継げていんべかと襄様のお写真を前に自問自答。世界は動いている、なじょする事もできねえ・・種はまだ蒔いたばかりだ。
 講和条約の一か月後、露独仏の三国干渉にて獲得したはずの遼東半島が取り上げられてしまって、日本の世論は大反発!政府としては苦渋の選択だったようですがそこら辺の報道はなく日本の庶民は弱腰政府に大激怒?力無き正義は無意味たい?飛ばしてますねえ、蘇峰様。そしていよいよ次の戦争がすぐそこに・・・どこまで続くぬかるみぞ・・・しかたなかんべさ?いやいや、弟の蘆花様はかなり批判的な目線ですけど不如帰!

 明治29年の1896年、佐久母上ご逝去!ずうっと家族を支えて来られて、茶の湯を始められたと言う八重様との最後の交流が微笑ましかったです。お疲れ様でございました。合掌。不幸が続きまして、登美様も!さらにはなんとなんとまだ年若き久栄様まで!天国に旅立ってしまいました!トリプルショックの八重様、寂しくなってしまいましたねえ。って、駆け足ですなああ、さすがは最終回!

 この頃八重様は茶道に邁進精進大躍進、茶道の神髄を理解されてて、女性の入門者を増やされて師匠の先生は大喜び。さらに勲七等宝冠章という勲章まで授けられる栄誉に!いやまたこれが・・随分駆け足ですけど、ああもう最終回で尺が取れないのね!うううんっ!
 陸軍病院での功績が認められて八重様が叙勲の栄誉に輝きました!記念写真が凛々しかった!民間人の女性で初めて勲章を授与されたのが会津の女子だああ!ひゃっはあ〜〜〜!
 当然これが新聞でも報道されまして、旧会津の皆々様は大喜び!時尾様&藤田様のカップルと何故かここにいる山川二葉様もめでたさで満たされましたご様子、祝着祝着。最後の悪ふざけの二葉様と時尾様、優しく受ける斉藤一様、史実のほどはわかりませんけど納得のいくシーンではございました。
 一方山川浩様、ずいぶんお加減が悪くおなりだ。まだやり遂げてない大仕事、容保様が賜ったご宸翰の公表と京都守護職始末の完成の二つですよね。どうやら時間が待ってくれないようで弟の健次郎様に後を託されてます・・・。
 そして明治31年の1898年、遂に遂に、颯爽と洋装で敵軍の中を堂々と入城した伝説の戦士、山川大蔵様の浩様、ご逝去!最終回の習いとはいえ、心寒くなるばかり。

 この年、徳川家最後の将軍・慶喜様が明治天皇にご拝謁の名誉回復を果たされまして候。そして勝海舟様のお家を訪ねて旧交を温められました。慶喜様が後悔されているのは京都守護職を引き受けてくれた会津を切り捨てて見捨ててきた事。当作的にはまったくその通りって言うか、会津を盾にして自分だけ逃げていたようにしか見えませんでしたが!今さら後悔されてるとなああ!調子いいなああっ!もおおっ!

 伊藤博文様と大山巌様が密談・・・驚愕のその内容とは、孝明帝の御宸翰が会津松平家に有った!これつまり、会津こそ官軍の明石家さんまですよ!師匠ですよ!じゃあ薩長側だった今の政府はどういう事になるのでしょお〜〜〜か!?
 さらに伊藤様の気がかりは、山川健次郎様が京都守護職始末の刊行を敢行しようとされていること!今や押しも押されもせぬ東京帝国大学の博士の教授ですもんね!健次郎博士!
 かくなる上は大山閣下がオン自ら健次郎様をご訪問、書物刊行を見合わせてほしい?国家安寧のためじゃと懇願されまして、あ、奥様も駆り出した!健次郎様の妹でもある捨松様まで一緒になって説得工作?
 断りきれなくなっちゃった健次郎様、京都守護職始末が刊行されるのはさらに十年も後の事になってしまいました由。この十年の間に亡くなってしまった旧会津藩の方々はお気の毒な事で・・・。

 懐かし故郷・会津を再訪された八重様。ここは良く八重様がお登りになっていたあの桜の木!満開!柔らかな色合いですよ〜。越し方を思い出される八重様。まだいけんべ?いやああ!また木に登るの八重様!?って、そんな所に現れた妙にお髭の長い、鶴亀の長寿の図柄に出て来そうな感じのメイクのあの方は!西郷頼母様!不遇のご家老!ホントだ!やっぱ頼母様だ!やっぱ八重だ!にしはまだ木に登る気か〜!あははは〜!
 落ち着いて話し合うお二人。また戦の近づく情勢が気がかりな八重様、戦がらみで勲章もらったのがかえって複雑なご心境なの?戦のない世の中は来ないものかと?頼母様は頼母様で、会津を滅ぼした新政府の者たちが行う政治を30年余り見て来られて、でもその結果心に残るのは、何ぼ苦しいときでも懸命に生きようとする人の姿だと、それが俺の心を揺さぶるんだと!八重、にしゃもそうだど〜とおおお!あの戦から立ち直って勲章までいただくとは、立派な会津の女子だと。わしゃあ嬉しいと頼母様。
 八重!にしは桜だ!花は散っても時がくっとまた花を咲かせる、何度でも何度でも花咲かせる!・・・と、桜の花の教えを受けて空を見上げる八重様に桜散り花舞い踊り、お空も精いっぱい真っ青に晴れ渡って下さいましたとさ。

 八重様がお茶をたてて、蘇峰様がいただいてます。時局が切迫してますと席を立つ蘇峰様。もう一服していきなんしょと諌める八重様。八重様の言うよう、国民新聞が政府の機関紙のようになっていると。国家の為ですと返す蘇峰様、しかし八重様がおっしゃるには、襄も愛国者でした、でも襄が愛する愛国心はそこに暮らす人間一人一人の事です!自分の目で見た世の中のホントウを伝えたいと言っていたのはあなたではなかったかと八重様さらに追及されて、人を動かすその大きな力をあなたは一体何に使うのかと問い詰めてます。力は未来を切り開くために使わねばなんねえよ!うううむ・・・それって今のケチケチケーの人に言った方が良いような・・・(汗)。
 昔会津は大きな力に飲みこまれた、私は銃を持って戦った。最後の一発を撃ち尽くすまで一人でも多くの敵を倒すために。だけんじょもしも今私が最後の一発の銃弾を撃つとしたら・・・昔の会津戦争の八重様と今の八重様との二重撮影・・・最後の一発は果たして!どこに!昔の八重様が上向いた!あああ、お空に向かって撃っちゃった!誰も傷つけることなく真上の真天に向けて打ち込みまして候!そしてたくさんの傘が花開いてテーマが鳴って!それが八重様の人生の総決算なのね。わだすはあぎらめねえ!あきらめねえってことはこれからも理想を求めて頑張りますよ宣言!?いつまでもどこまでも前向きに花を咲かす人なんだなあ、八重様〜。

 〜Fin〜

負けじと桜の永久に咲くとは〜〜〜



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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
今年も1年無事に終わりました。
お互い、大河ドラマ歴が長くなってきましたね。

また来年もよろしくお願いします。
ryi
2013/12/15 21:40
ryi様、こんばんは〜〜〜!
いえいえ、こちらこそ、またこの一年間のご愛顧、ありがとうございました〜〜!
お互いさまで随分長年お付き合いをいただいている感じが漂う今日この頃、私のブログも満9年になりました!
いやあああ!思えば遠くへ来たもんだのみのもんたな思いが溢れてどんどこどん。
今後ともよろしくお願いいたします〜〜〜〜。
真田
2013/12/15 22:20
おはようございます。
清盛公が終わったのが昨日のようですが、もう八重様まで・・早いですね。

最終回は、まさに坂の上の雲の時代。日本が列強に並び、戦いに次ぐ戦いに明け暮れざる得ない時代、官軍や賊軍といった区別が取り壊されたのも、そういう時代の波のおかげかもしれません。戦で国を失った会津の人々には皮肉なものですが・・・

そして大河ドラマで描かれた八重様の人生は大部分が前半生で、後半生は40年近く、一人身だったんですよね、八重様。
前半生でいろいろなことがあり過ぎて、普通の人間なら倒れてしまうでしょうが、並の人ではありませんね。うん。

そういえば、
八重様、昭和7年没ですから、つい最近の人なんですよね。
八重様が大東亜戦争を見ずに済んだのは良かったかもしれません・・

最後に、100年後の日本人が、未曾有の大災害を生き抜いた東北の人々を、大河にできるように東北が復興するのを、遠く薩摩より祈る次第です。

来年は黒田様。晩年の黒田様の傭兵隊が九州を暴れ周り、薩摩はこれに対峙致します。描かれるでしょうか?笑

今年一年、お疲れ様でした。来年もよろしくお願いいたします。
                   
鹿二郎
2013/12/16 04:57
鹿二郎様、おはようございます
一年が短くなるよな年の暮れ、お疲れ様でした〜。
前半と後半とまるで違う国のような感じでしたが時代を駆け抜けた強烈な生き証人の八重様なればこその物語でした。
昭和7年までも生きて・・私はあきらめねえ!いやあ〜つくづく前向きな方ですよねええ。
大河ドラマ震災復興ですか、八重様みたいな主人公が見いだせたら、百年後くらいに大河になるかも?
既に小説・軍師官兵衛第1巻も刊行されましたし、来年はもうすぐそこ・・こちらこそ、よろしくお願いいたします。
真田
2013/12/16 09:29

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