真田のよもやま話

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zoom RSS NHK大河ドラマ「八重の桜」第49回「再び戦を学ばず」

<<   作成日時 : 2013/12/08 20:43   >>

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落葉して冬芽残せし偉業かな  
我らが兄様山本覚馬様、今宵ついに・・・(涙)

 襄様を偲んで花を飾る八重様。在りし日の襄様や生徒たちの姿が思い浮かびます。ここで現実に戻りまして、私は学校を作りたいと言う襄様の決意英文を読み上げる生徒たち。これつまり、アリス先生の粋な計らいで襄様の意気込みを後世に伝えようと言う授業だ!おお〜、和解だ!とうとう八重様とアリス先生と大和解だ〜!っていうか、辞めてなかったんですか、アリス先生・・・
 でもそんな所に危機到来?社会情勢の成り行きで生徒数が激減した?同志社英学校は教育勅語と相いれないという評判なの?ああ〜、とうとう教育勅語が制作されてましたか。時代はどんどん先へ進みますねええ。
 覚馬兄様は憂い顔・・・。帝への忠誠をうたう教育勅語の一条が在りし日の会津藩の顛末と重なっちゃうんですか?教育の名のもとに人を縛ることがあってはならないって・・・うわあああ、会津藩の教育・道徳心を残らず批判?日本もまたいつか来た道をって言う、うううむ、いっしょくたにするにはちょおっと無理があるような気がしたしますけど、同志社英学校の危機って言うか日本の国の在り方の分かれ道みたいな?

 先週から赤十字篤志看護婦人会に生きる道を見出した感じの八重様、いよいよ設立された京都支部に本格参加で通訳役でえっさかほいさで、でも若い人たちの緊張感のなさに少々呆れ顔で諌めまくる八重様。若い人たちったら、戦〜を〜知らずに〜ウチら〜は〜生まれた〜〜〜・・みたいな。お江戸は遠くなりにけり・・・。
 覚馬兄様は大分お加減が悪くおなりのご様子?襄の代わりは居ねえがらとおっしゃる八重様。そんな所に帝大教授の山川健次郎様が京都の山本家をご訪問。青ビョウタンがウソのようと言われてちょっといたたまれませんでしたか、健次郎様?
 実は浩様が京都守護職の顛末を執筆するので代理で取材に来られたみたい。これつまり故・川崎尚之助様の絶筆の例の会津戦記をパク・・い、いえ、後を引き継いで!完成させて後世に残そうという試みですね!容保様と会津藩の名誉挽回のため!朝敵の汚名を返上するため!
 覚馬兄様、自分の見聞きしたことを語り始めました。文久三年金八先生〜!・・・ではなく、文久三年八月・・・長州藩を中心とした帝をないがしろにする政治の流れに反発した容保様、孝明帝の信頼を得て勅命にて長州排斥!しかししかし、孝明帝がご崩御され事態は一変、そっくり裏返った!薩長が官軍で会津が朝敵の賊軍となってしまってさあ大変。駆け足で来し方がプレイバックで、まさに終盤って感じです。
 ってな顛末を語りし後、覚馬兄様が言い出されるのは、勤皇の志は薩長も持っていた・・薩摩の西郷、長州の木戸、彼らにも思い描く日本の見取り図はあった。戦をせず国を滅ぼさぬ道もあったはずなのだ。いやいやいやいや、これには八重様大反発だ!会津が間違っていたと言うのがし〜〜〜!健次郎様も同調して、あなたは忠勤を尽くした人々と大殿を貶めるのか?会津には義がありました!
 ですけど兄様、徳川への忠誠を命じるご家訓に会津は縛られてしまった、薩長も自分たちに義があると思っていたろうよと。
 いきり立つ健次郎様を八重様もちょっといなしますが、だけんじょ亡くなった仲間たちを思うと会津が間違っていたとは決して言えねえ!って、今さらそこで対立しますかご兄妹、薩摩藩からもらったも同然の土地に学校建てたあたりで話が付いていたんじゃないかと思ってましたが・・・。
 一度は兄様に反発した八重様と手下・・ゴホン、ももも、元手下の健次郎様、後になって兄様の言う事にも一理あるかもみたいな反省会です。先ほどは言いすぎましたby健次郎様、私もだby八重様。新しい知識はいつも兄様が持ってきたとおっしゃる八重様の言葉を受け入れている様子の健次郎様。つくづく聞き分けのイイお方だなああ。

 教育勅語っていうか日本の行く末に付いてまた思い悩んでらっしゃる覚馬兄様。また戦が始まんべえ・・・人間の知恵や知識で戦を避ける事が出来ねえのなら学問など無駄なのか、と。自問自答の深い悩みに沈んでらっしゃるご様子。時は正に日清戦争開戦前夜ですものねえ。
 しかし八重様返して曰く、学問が武器だと兄様がいったから、私は学んだ、襄の学校づくりに役に立った。襄は自分の力で考えぬく人になれと教えていた。襄の子どもたちはその思いを受け継いでくれる。
 だから兄様、諦めねえでくなんしょ、誰よりも先を見てもっともっと教えてくなんしょ!勢いは相変わらず、元気づけてくれますよねえ、この方・・。

 同志社英学校の卒業式、襄様のいない今卒業生たちに言葉を賜るのは覚馬兄様。どうやらここらが最後の見せ場みたいですぞ兄様。どうか弱いものを守る盾となってください、かつて会津藩士として戦い京都を焼き国を失いその罪を償う途中の自分であると告白する兄様が引用する聖書の一節、その剣をうちかえて鋤となしその槍をうちかえて鎌となし国は国に向かいて剣をあげず二度と再び戦うことを学ばない!諸君は一国のいや世界の良心であって下さい、いかなる力にもその知恵で抗い道を切り開いてください。それが身を持って戦を知る私の願いです!思いのたけを思いっきりぶつけられた感動の祝辞でございます。人生を総括されましたなあ兄様。
 ・・・ただまあ、本当に素晴らしいお言葉ですけど、そのキリスト教のお国もこれまで随分戦を繰り広げて来られたような気も・・・

 明治25年、覚馬兄様学校経営からご隠退。そして大木が安心して倒れて行くような感じでむしろ安らかに病に伏している感じの覚馬兄様。兄様を看取るのは娘の久栄様、妹の八重様、母上の佐久様だ。ああ・・時栄様やうら様もいてくれたら・・・争いの元かしら?
 風を入れてくなんしょとおっしゃって障子を開けさせた覚馬兄様。会津はもう雪だべか?やっと帰れんなあ、みんなが待ってんべえと言いだす兄様。あ、西方浄土の夕日が射してきちゃいましたよ。母上、八重、戦を生き延びて二人がいてくれたから会津の男として生きて来られたありがとなし、と最後の言葉を尽くされる兄様。在りし日のぴちぴちとした若鮎みたいな兄様の映像がカムバック!で、いよいよ波乱万丈の堂々人生にピリオドを打たれました覚馬兄様。母上がいいお顔でした!合掌!
 私的に今にして思い出すのは・・・若き頃の肌脱ぎになっての大立ち回りの筋肉美のアチャ〜〜っ!のご活躍!かっこよかったなあ、あれは〜。

 浩様と健次郎様の山川兄弟が嘗ての主君松平容保様にお目見えして覚馬兄様のご逝去をお伝えしております。すっかり質素な病状生活って感じの容保様が差し出す書状・・・すっごい存在感よ!いつぞやの孝明帝のご宸翰!これつまり会津は逆賊で無い事のただ一つの明石家さんま・・失礼、証やホンマ!
 どおおしてもっと早く発表しなかったのおおお?みたいに浩様から問われて容保様の言うよう、ご宸翰が再び戦の火種になりかねなかった、それだけは避けねばならなかった。と、実に深きお考えでした由。
 ここで健次郎様、こないだの覚馬兄様のお言葉を思い出してご披露しちゃいました。会津と薩長義はどちらにもあった、と。厳しいお声で、何いい?と問いただす浩お兄様ですが、容保様は穏やかに、それにも一理あると認められました。
 武士の忠節を貫き通した代わりにワシは会津を死地に追いやってしまったと容保様。あの時会津が徳川を見捨てていたら真の武士などいなかったことになりますと、泣いてプチ抗議して慰める浩様。いつかこのご宸翰を世に出して死んだ者たちの名誉を回復して欲しい、ただし一国を滅ぼしたワシの過ちは再び同じ道をたどらぬよう戒めとしてこれをそなたらに託す。ワシの最後の願いじゃ、とまあ血を吐くような告白の後、穏やかなお顔になられて容保様、これがどうやら最後のシーン。つくづく、お疲れ様でございました〜〜〜。
 明治25年12月、松平容保様ご逝去の新聞記事を見て涙する八重様の脳裏に浮かぶ初登場シーンの容保様アア〜ンド兄様の優しいご様子。そしてさらに耳に聞こえてくるのは今は亡き襄様のお言葉、亡くなった人はもうどこにも行きません、あなたの傍に居てあなたを支えてくれます・・云々。ここ、風の訪れとともに襄様の言葉が聞こえてきて、八重様の肩に心霊写真のように襄様の手が添えられて、いつぞやの千の風になって・・みたいな見せ場?さっきの兄様のシーンも効いてますねえ。後ろの霊体が襄様のようなそうでもないような微妙な隠し具合のボケ加減。で、改めて強くならなければと誓う八重様でした。・・・いや、それ以上強くなってどうすんだべ・・・と思ってしまったのは私だけでしょうかああ。

 明治27年の1894年の3月、東学党の乱が勃発してとうとう日清戦争へ?ロシア、清国、日本が朝鮮半島を奪い合う感じの国際情勢でしたっけ?ついに緊張の糸がちぎれてしまいましたねええ〜。国民新聞の徳富蘇峰様もいきり立ってますか?蘆花様はただ飲んだくれてるの?っていうか兄弟決裂?
 で、いよいよ開戦となりまして、八重様が大山巌様を訪ねて陳情ですか。日本赤十字社京都支部も広島の陸軍予備病院に看護婦を派遣しますが、敵味方の区別なく怪我人を救うと言う赤十字の精神に反対する声を静めてほしいとの申し出です。清国はそもそも赤十字の協定に加わってないみたいにおっしゃっていた大山様も八重様の言葉を快く受け入れられまして候。ヘタに逆らってまた撃たれたら大変・・そんなせせこましい考えではなかったですか大山様!敵であっても傷ついた者には仁愛の心を持って傷病兵を労わるよう訓示すると、むしろ容保様譲りの武士道精神?さすがは大山様ですなあ〜。ガッシと握手!
 八重様は赤十字の若い看護婦たちを従えて再び戦場へ!!!

 幕末のジャンヌダルク、時代をリードするハンサムウーマン、に加えていよいよ、日本のナイチンゲールのチェックポイントも通過されました八重様。堂々ゴールの最終回を迎えられそうな雰囲気になってまいりました。最後にどのようなサープライズがあるのかないのか、待て次回!・・え?むちゃくちゃお髭の伸びたあの方はあああっ!!



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内 容 ニックネーム/日時
おはようございます。
国防の重要度はいつの時代も同じです。国防を疎かにすると、国は滅亡し、民は塗炭の苦しみを強いられます。
 しかし、覚馬様の訓示というか、餞の言葉は、武士として戦を経験した方ならではの重みがありました。
容保様も、生前、会津戦争に関し、何も語られなかったそうですから、その重みを背負っておられたのかと・・・

あと、個人的にはコーヒー牛乳の下賜のシーンが欲しかったですが・・

いよいよ日清戦争、あまり知られていませんが、伊藤博文閣下、日清・日露両戦争とも、あまり積極的でなく、どちらかというと消極的だったんですよね・・・
日清戦争も、陸奥外相、川上参謀次長が開戦を主導したみたいですし・・・
鹿二郎
2013/12/09 05:04
鹿二郎様、おはこんばんは〜〜〜♪
ですよね〜、今の感覚で軍備拡張だって批判するのはちょっとまずいかなって思っておりました、私も。
ただその、覚馬兄様にあらせられましては、ああいっても許されるなあって、そんな気もする吾亦紅・・。本気で戦って来られた方の言葉はやっぱり重いなああ。容保様のコーヒー牛乳の逸話!そういうのが欲しかった〜!ねえ!前半あれだけ盛り上げてくださった恩人のキーマン様じゃないですか!そのくらいのサービスをしてくれてもいいんじゃないかにゃあああ。
国際情勢に打って出るにはあまりにも消極的だった伊藤様・・その伊藤様が後々外国で暗殺されてしまうとは、皮肉なものですねええ〜え。
真田
2013/12/09 19:36

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