NHK大河ドラマ「八重の桜」第48回「グッバイ、また会わん」

老いてなお気迫の桜紅葉かな

いよいよ後半戦のシメに入ってまいりました八重の桜は本日を入れて後三回!悲しみ涙を乗り越えて前進前進まだ前進~~~!

 明治22年、一人京都に残された八重様。京都に戻ろうかと独り言を言っているのは旅先の東京の襄様。寂しいんだよねえ、強がってないで帰ればいいのに・・・ってな所に大ニュース!大隈重信様テロ被害!爆弾!右足切断の重傷!先週あんなに襄様を支援してくださっていたのに!これには襄様も憤慨です!いつになくすごい剣幕、愛国心とはそんなものではないいつ!でも体調が良くないのね、咳き込んでますよ襄様。
 必ずハガキを出すようにと一本大きな釘を打っておきましたので、八重様の所には襄様から無事を知らせる報告が届いております、が、あまりにそっけない!もっと詳しく愛する夫の近況が知りたくて覚馬兄様の所に向かう八重様!
 兄様の所には徳富蘇峰様から報告が届いてまして、襄様やっぱりお加減がよろしくない!心臓を病んでいて相当容態の悪そうな描写を重ねてましたからねえ、いやいや深刻ですよこれは。あ、でも八重様には隠すのですね!市原先生も!男同士で報告し合って妻には隠すんですか!後でバレたら怒られますからねええっ!
 ってな所にやって来たのが!昔懐かしき秋月ご家老様!

 12月のOPは、前に空を飛んでったピンクの傘が地に落ちてます、ボロボロ?でもその後で新しい傘!まるでキノコの成長シーンみたいなネイチャーな感じで地から生えて開いて、はっはああ、これ、種が新しい命をはぐくんだって意味ですね!種!シード!再生!癒し!ね!そういう意味を込めたラストOPでした~~。

 秋月様は新島襄様を褒め称えてます。表面は穏やかだけど、八重様に通じる火の玉のような熱を放っていた方であると。そしてご自身はこれから熊本の中学校で先生をなさるとか、隠居なんか先延ばしだと大笑いですが、実は秋月様、同志社大学設立の旨意を読んで気持ちが奮い立ったんだとか。襄様の影響がこんなところにも花開いて、やっぱり偉大な方ですねえ、襄様~。

 そして襄様、大学設立支援請願の関東行脚の募金活動を続行しております。群馬県は前橋・・寒そうなところですよねえ、前橋!利根川が流れてて、名物の空っ風がビュービュー吹いてそう・・・プルプルプルプル。とうとう立っていられなくなる襄様!ヤバい!先生どぎゃんしたとです!先生!
 襄様から丁寧なお手紙が届いて、残った家族の心配ばかり・・・残された家族は逆に襄様の身が案じられて案じられて、涙の母上、困り顔の八重様。葛湯が美味しそう・・。
 襄様とうとう、寒い群馬から避難して気候温暖な神奈川県大磯町へと・・・群馬にいたのならそのまま草津へでも行かれたらよろしいですのに。神奈川ですか!ぐんまちゃんが泣いてますようう。
 なおも援助を願うお手紙作戦の襄様ですが、これはさすがに蘇峰様が取り上げました。って、八重様宛てのハガキも書いてましたか襄様。当方無事、とまだ強がって心配かけまいとウソを付く襄様なのでした。蘇峰様にお願いして、このハガキを東京から投函してもらい、くれぐれも八重様にだけは内緒にしてくれと念を押される!んもう、水臭いですねえ。
 新島様ご夫妻はそもそもキリスト教式の結婚をされてるわけで、って事はすなわち、健やかなる時も病める時もいつも一緒に誠実にって誓われてるはずでしょう?神様に!苦しむ時も一緒だって誓ったでしょうあなたはあああっ!水臭いのも程々にいいい~~~!

 さてこの年には大きな訃報、会津藩ご家老でありました梶原平馬様、山川二葉様のご主人様でもありました・・・流れ流れて北海道でご臨終だとか。会津戦争の責任をずううっと背負ったまま、悲しいご最期だったようですが、せめてもの慰めは、お傍に控えし水野テイ様、そして書や絵を教えていた可愛い子供たち・・・。
 二葉様は相変わらずツンツンしてますねえ、もう縁の切れたかただとかって。でもテイ様がにこやかに語りかけて・・・あ、幕末の動乱の中で既に見知った仲のお二人でしたか。テイ様が改めて差し出す一枚の絵・・・はああ!いつぞやの京人形の童子のお姿!これを何枚も描いていたんですか平馬様!二葉様もお気に入りだった人形!最後まで泣かすなあああ!んもう!
 とうとうツンツンが弾切れで、最後まで旦那様の傍に居てくれてありがとうございましたと手をついて感謝する二葉様。その手の痛々しさが心情を良く表しておいでだ。でももういい年なんだから、いい加減ツンツンは卒業しなさいよ二葉様も~。

 さて、八重様の所に件の襄様の当方無事のおハガキが届きましたが、以前のハガキと見比べて、あまりにも弱々しい字体になっているので八重様にはピンと来ちゃった!覚馬兄様の所にやって来た八重様はすっかり旅支度なり!わだし東京さ行ぐだ!?
 ちょうど佐久母上と八重を大磯に送ろうとか何とか話し合っていた所の覚馬兄様。立ち聞きされちゃった?後ろめたい感じのいい表情をされますねえ、母上様。でももうこうなったら隠しきれませんで、兄様白状しちゃいました。襄様は病気で臥せって大磯にいると。湘南・・夏だったら楽しい所なんでしょうけど~。百足屋さんと言う旅館の名前も聞きだして、汽車に飛び乗おおった~~~♪あら、義理の母上のご病気の方はどうしたんでしょう?
 八重様が切符を買うシーン、バックの汽車がなかなか良い出来でしたねえ。車中のシーンは揺れが少なすぎてちょっと違和感でしたけど~。

 療養中の襄様。付き添うのは徳富蘇峰様と小崎弘道様・・この人もずいぶん騒ぎを起こしててこずらせた問題児でしたっけ・・みんな大人になって立派になりました。ご家族にお知らせしなさいと言うお医者様の宣告を受けて、八重様に電報を打とうか打つまいかでもめるお二人!そんなグッタイミンな所に八重様が飛び込んでまいりました!本日はダブルでグッタイミンですねえ、八重様~。
 八重様の姿を見て、夢かと思った会いたかったと安どの表情を浮かべる襄様。だったら素直に助けてって書きなさいよあなたはああ・・・なんて怨み事はひとことも言わずに、何も心配いらねえ私が一緒だと元気づける八重様。母親みたいですねえ。ランプの灯りの色あいがイイ感じよ。
 蘇峰様は襄様危篤の電報を各所に打たれまして、みなみな驚愕!そして悲しみと祈り・・ようやく同志社がキリスト教の学校だと得心いたしました!みんなが祈るシーン、美しい。これまで対立もしてきた外人先生も襄様のために祈ってくれてます。
 学生は型にはめず自由と国を愛する人物を育ててください・・いやああ!襄様!それはご遺言でしょうかあああ!天を恨まず人を咎めずただ感謝あるのみ・・本当に人物の大きな男だなあ襄様。
 大磯での闘病生活も終わりが近づいた感じがしてまいりました。悪い意味で。端正な小崎様が最後の聖書講読・・・。そしてご夫婦二人きりになりまして、襄様はひたすら、後に残す八重様の身を案じております。そして八重様はひたすら襄様に感謝してます。
 ありがとなし、妻にしてくれて。戦の傷も犯した罪も一緒に背負って、私を愛で満たしてくれた。ありがとなし。襄様返す最後のお言葉は、泣かないで私はあなたの笑顔が大好きです、グッバイ・・また会いましょう。イイ感じの襄様のタメに八重様のすすり泣きがハーモニー。悲しいけど美しい。あ、でも、あとに残す母上様の事もちょっとは気にかけてほしかったかなあ、襄様・・・
 幕末の日本から単身アメリカに渡り帰国して学校設立に精いっぱい戦った一代の英雄、務めを果たして天国へ旅立たれました。本日の襄様はお髭が伸びて、なんだかイエス様みたいな感じでしたねえ。
 雨の中のお葬式。寒々とした映像が続きます。ああ、やだなあ、お葬式・・胸がつまりそう。でもみんなみんな心から悲しんで惜しんでいる感じが良くでてました。いつぞやの小生意気な悪たれ坊主の海老名様ももう泣きそう。みや子様もすっかり奥様やってるし!教育っていい仕事だなあ、こうやって若い人の成長を見ていられるのは、いい仕事だよなあって思ってしまいました。

 一人残された八重様は魂が抜けたよう。そりゃそうだよねええ。と、ここで、これまでも何かと八重様を導いてくれた覚馬兄様がまたも八重様に道しるべ。東京へ行って日本赤十字社の篤志看護婦人会に参加して学んできなさいですと!なんでも大山捨松様が中心になって作ったんだとか。
 でも八重様、襄の眠る京都を離れたくないと駄々をこねますこねります。ランプの光が今回ばかりは一点効果で大きな影が出来て効果的だ。あ、兄様怒った!情けねえ奴だ、新島襄の妻はこんな意気地のねえ女だったのか!今宵の兄様はスパルタ兄様だ!・・あ、いつもそうでしたっけ?
 赤十字の看護の神髄は敵味方の区別なく傷ついたものに手を差し伸べる事にある、苦しむもの哀しむものに寄り添い慈しみの心で世を照らす!これつまり新島さんが作ろうとした世界だ!と、夫の遺志を受け継いで立ち上がれ!ガンダム・・じゃなかった八重様!みたいに励ます兄様。八重様俄然やる気が出てきましたご様子。

 ありゃ!もう東京に来てますよ、八重様。早いなああ。まるでもう京都と東京が新幹線で結ばれてるんじゃないかと見まがうばかりの場面展開!閑話休題!
 大山捨松様の豪華なお宅の一室で・・看護師さんと言うよかマダムさんね、サロンみたいね。赤十字からお招きした西洋人のカルプ先生から看護の手ほどきを受けるご婦人方。八重様も包帯巻きをやってみますが、そこはそれ、昔取った篠塚!会津戦争の実戦で血まみれになって身に着けた手練の技に先生もご満悦~。
 若い頃からやる気出したら猛勉強だった八重様、熱心に復習してらっしゃいます。そんな八重様にアメリカ留学時代の事をお話しする捨松様。学問の面白さを知った私の背中を押してくださったのは、誰あろう新島襄その人でありましたの段!いやあ、世間は狭いねええ!
 あの人はここにも種を蒔いていたのかと改めて夫を思う八重様です。私もやります!明日のために!蒔くべし!蒔くべし!抉るように蒔くべし!襄よ!襄よおおおおっ!みたいな。ちょっと違いましたか?こりゃ失敬!とにかくほらほら、篤志看護婦人会に全力尽くす覚悟が固まりました~。

 この年の11月、第1回帝国議会開催!そして日本の主権を守るため、軍備増強富国強兵へ?国防の危機は間近にせまっちょると大山様、日清日露の戦争の開戦前夜に入って来ましたか?
 新島邸では八重様が学生のためのパンケーキ作りに精を出して、佐久母上もお手伝い。襄がここに残したものを守って行かなくては、と、すっかり立ち直った感の八重様です。まだまだこれからだ~!

 え、来週はあの方やこの方が?いよいよ?うううん、ますます寂しくなりますねええ。

年の暮れ
さらに寂しさ募らすは
大河の人が別れてく事



この記事へのコメント

鹿二郎
2013年12月03日 03:56
おはようございます。
襄様は生ききった感じでしたね。最期の瞬間まで、後事のことを話せる人はそういません。死後、八重様の生活も、同志社からの年金で心配ないし、男ですね。
 しかし八重様、同志社とは襄様の死後、だんだん疎遠になるんですよね。3人の養子ともうまくいかなかったようですし。

一方、清国とは一触即発、今も似たような状況ですが・・
2013年12月03日 19:24
鹿二郎様、おはこんばんは~。
やるだけのことはやって、後を託す若い人たちに言い残すことはきっちり言い残して、
ある意味これはこれで納得のご最期だったのではないかと~。まあ大学設立まで見届けられた方がベストではありますけど~~。
八重様はこの後同志社とは疎遠に・・まああの、八重様が目を光らせていたら小崎様も市原様もやりにくいでしょうからねええ・・(汗)
清国とは一触即発、まさに深刻な事態ですけど、でもまあ昔のあのお国と今のかのお国とは別物と思った方がよろしいような~。

この記事へのトラックバック