NHK大河ドラマ「八重の桜」第21回「敗戦の責任」

敗戦の責任?そりゃあ徳川宗家様に負ってもらうべきでしょおおお!そして予告編を見ているともう完全にほら、三郎様はフラグじゃないですか!どおおおしてくれるの!若い命をおお!ハアハアハアハア・・・
そそそ、それにほらほら、史実によればこんなに苦闘する部下たちをほかして逃げかえる訳でしょう徳川宗家の慶喜様!いっそ容保様が慶喜様を締め上げる位の逆切れが見てみたいくらいですけど、生真面目真面目で我慢強い容保様はきっと今週も引っ張りまわされ役なんでしょうねえええ~(涙)

 またも選挙結果の被るアバン。鳥羽伏見の戦いは幕府劣勢!どんなに大軍だってあんなに狭い所じゃあ無意味で、むしろ良い武器持ってる方が有利なりの法則。官兵衛様率いる別撰組も苦闘してます。草むらの中に身を隠してゲリラ奇襲の逆転狙いですけど、あ、そんな中に三郎様が!いかにも未熟!心配ですねええ。
 ほらほら、すくみ上って何もできない~!あぶないいいい!ってな所を救ってくれたのが他ならぬ官兵衛様の強靭な槍!頼もしいけど、隊長がそこまで出しゃばっているところがすでに危うい感じも?八重様の南天の刺繍、思い出すのは八重様の射撃ぶり、必死にトレースする健気な弟なんだなこれが~~!

 さて会津では。みね様を連れて神社にやって来た八重様が出くわすお雪様。修理様の奥方様ですよねえ。一心不乱に頭に雪が積もるほど祈り続けてたお雪様。
 いつぞや青春の一ページで八重様や覚馬様と神保修理様ご夫妻がピクニックみたいに歩いていた時、神試しで鳥居に石を投げ上げる遊びをなさったご両人、八重様は見事鳥居に石を投げ上げて、でもお雪様は見事失敗・・・懐かしいエピソードですけど、今さらながらその時の運の悪さと言うか失敗の罰みたいな縁起の悪さに打ちのめされてらっしゃるお雪様。どうか天罰は自分に充ててご主人を助けてくださいと?意地らしい…え、これってもしかしてあれですか、神保修理様の身に何か大変な事の起こるフラグ?(汗)
 このシーン、セットなんでしょうけど自然な光でまるでロケみたい。それにお雪様の耳が真っ赤かで!良く出来てました。心に残りました。実にイイ感じでしたねええ~。

 鳥羽伏見の戦いは苦戦中。重火器で攻める薩摩軍、小銃で抗戦する会津軍。いやあ、これじゃあ会津に勝ち目はない感じ。林様率いる大砲隊は先週壊滅しちゃってましたっけ。
 新選組と別撰組、いつぞやの反目もなんのその、いまや共通の敵に向かって一致団結で、土方様が、こうなったら切り込みましょうみたいにおっしゃれば、官兵衛様もそうするしかないかと決断・・・ってなところに!山川大蔵様率いる新規大砲隊到着~~~!って、なんですかそのフランス軍コスチューム?
 高みの見物・・・ってのはちょっと聞こえが悪かったですか?鳥羽伏見の戦いを丘の上から視察している、修理様、秋月様と広沢様。数に勝る徳川軍であるのに?士気も低いし負け戦?そおおんな所に!錦の御旗!こないだ岩倉様が作っていたアレ!いよいよ薩摩軍が掲げましたよ~。しまった!これで我らは賊軍とみなされて寝返り裏切りが出て来るぞ?意気上がる薩摩軍。西郷さんも勇ましく、徳川軍は恐れをなして撤退ですか。
 大阪城の慶喜様、浮足立ってます。錦の御旗などあるはずがない岩倉辺りがこさえたのであろうという見通しは大正解ですけど、だからってどおおなるのおおっ?かつては偽勅を出されても孝明天皇が庇ってくれてましたっけ。今回はどうにもこうにも・・・容保様も定敬様も困り顔です。
 なに、勝てばよいのじゃと開き直った慶喜様。諸将を集めて戦意を煽る大演説!我らが討死しようと江戸に残った者たちが闘い続ける!大義は我らにある!最後の一騎まで戦おう!お~~~!・・・いやでもしかし、こないだこの人がぶち上げた時はその後すぐに腰砕けの参戦撤回だったんじゃなかったかしら?危ない危ない!不用意に信じ込んだらきっとその後とんでもない仕打ちが!でもみんな結構ノリノリ?容保様も修理様も複雑な表情。
 錦の御旗の効果がすでに出た!味方の淀藩が薩長に寝返った!淀城を拠点にしようとしていた幕府軍には大打撃。修理様が慶喜様に申すよう、我が軍は数こそ勝っておりますが軍略に乏しくこのままでは兵を失うばかりなりと。兵たちを率いて江戸にもどり戦略を立て直してはとの進言です。さてそれを受けて慶喜様・・・嫌ああ!何をたくらんでんのおおお!ま、まああの、ここ数年大河ドラマを見てきた身には丸わかりですけど、そればっかりはやっちゃダメでしょおおお!
 慶喜様のお部屋、和蝋燭があったり洋ランプがあったり、キセルがあったり洋装があったり、全く持ってチャンプルーな様子が時代感ですねええ。
 これだけ目立った動きをしたらただじゃあすまないだろうなフラグの修理様でしたが、会津では奥方と父上がその身を案じてちょっといい話が進行・・・正に余計に悲劇の予感。

 鳥羽伏見の戦いは四日目を迎えております。一月六日?新年早々なんという地獄の日々でしょう。大決戦を覚悟した大蔵様、年若い三郎様を後方支援に繰り下げようとされますが、そこは三郎様、食い下がった!目を悪くして参戦できない兄の分まで働きたいという思いですか?山本家の男として兄に代わって働ぎとうごぜいますって、その意気やよしですけど~~~。姉上も力を貸してくれますって何時かの南天・・難を転ずるお呪い・・の飾りを示せば、大蔵様も心が緩んじゃった。なら前線で戦ってよしって事になってしまって、こりゃまたなんとも・・・スイーツやなああ。
 どか~~ん!と大砲!いやいや、今弾が飛んで来たのは味方の陣地!なになに、何が起こったのかと浮き足立つ最前線!司令官の中枢の土佐様もやっぱり浮足立った!味方の藤堂藩が我が軍に大砲を撃ち込んでおりまする~~~!なにいいいいっ!?
 それでなくても旗色の悪かったところに、錦旗効果で裏切りまで出てしまっては、敗色濃厚!爆音轟音炸裂する中、多少混乱気味の三郎様!単身的にツッコんじゃった!絶体絶命!某ドラマだったらここで、ゴリさ~ん、ヤマさ~ん、ボス~!ってな成り行きですよ!あああ、撃たれた!ヤラレタ!倒れた!いいい、いったいどおおなっちゃうのおおおっ!
 ってなところで会津の八重様がガラスを割って指を切って嫌な予感・・このシーンは挿入しないほうが良かったんじゃないかなああ。ここで「続きはまた来週」ってくらいに持って行くのならともかく、単に緊張感がブチ切れるだけみたいな気がする今日この頃・・・ゲフンゲフン
 で、どおおなったの三郎様!大蔵様に負ぶわれてきた三郎様!瀕死じゃないの!かなりこれ、絶望的な状況ですよ?うなされて銃の稽古をしている夢を見ているような三郎様、あんつぁま?・・って、大蔵様を覚馬兄様かと思って?大蔵様は気を利かせて、ああこごにいんぞって、よぐ戦ったなって、大蔵様。安心して少し笑って三郎様は絶命。あたら若い命を・・・。大蔵様、悲しい表情が胸に迫るわ。よくぞ看取ってくれました。合掌。

 負け戦の官兵衛様が突っかかるのは神保修理様。慶喜様に撤退を吹き込んだ元凶が修理様だとわかってしまったようで、矢面ですねえ修理様。兵の命を無駄にすまいと言う思いもあったんでしょうけど、前線の者にしてみたらそれじゃあこれまでの兵の命は犬死か、みたいなアンビバレンツ?これはでも酷な言い方だなあ官兵衛様も~。いや凄い目でにらんでます!怖い怖い怖い怖い・・・
 そんな所にやって来たのが幕府軍艦頭の榎本武興様?ってことは最新鋭の開陽丸でご入港されたんですねええ。上様にお目通りの前に修理様とお話ししたいんだとか、官兵衛様との言い合いはひとまず休戦~。
 慶喜様が容保様をお呼びになってこっそりおっしゃるには、兵を「置いて」江戸へ帰る!ひえええ!修理様がさっき言ってたのは、兵を「率いて」江戸へ戻る、でしょおおお!ちょっとの違いが大違いですよ慶喜様!家臣にも他言無用?夜逃げみたいにこっそり開陽丸で江戸へ向かう?
 じゃああじゃあ、こないだの激はなんだったんですかみたいに容保様が問いただせば、アレは皆の動揺を鎮める方便だ?うあああああ!この人を信じた私がバカだったあああ!いやだあ~、こんな上司は嫌だああ~~~!
 なら自分だけは藩士と共に残りますと言う容保様を説き伏せて、そなたがここに居ては会津兵は戦を止めぬ兵を引かねば徳川が朝敵となるのだぞと、いやいや、なんともはや悪逆非道の二枚舌なり慶喜様。しかも会津の家訓もまた持ち出して、その上止めの一発、この策は神保修理が進言したモノぞ、と~~~!悪いのはお前の家来だって言いたいのか~!卑怯者~~!いやでも容保様ももう少し抵抗してよおおお!!!
 その後、容保様がいなくなったとの報を受けてビックリ仰天の修理様。しかもそれは慶喜様に急かされて一緒に逃げてったんだと言う・・・。まさが、我らを捨てでそんなはずは・・・。孝明天皇から頂いたご宸翰だってここにあるのに?はあああ!開陽丸かああ!なんとしても殿を連れ戻すのだと慌てふためいて後を追いますが、もうすでにあとの祭りなり~!
 翌朝、殿がいらっしゃらない!修理もいないと大騒ぎの会津勢。総大将が兵を捨てて逃げたのかあああ!さては修理が殿を唆したのかああ!ってな所にやって来た榎本様。え?榎本様は残ってらっしゃる?じゃあ慶喜様が独断で、勝手に船を出航させてったわけですか!乗っ取られたのおおっ!いやああ、口あんぐり・・・土佐様も広沢様も・・・。徳川家も最早これまでと榎本様が言い放ちまして、もはやこれまで。
 鳥羽伏見で惨敗の上藩主容保様は江戸へ逃亡、官位までも剥奪されてどうしようもない感じの会津藩ですが、ここで頼母様復権。つくづく貧乏くじですねえ頼母様。今や会津は朝敵、そして江戸撤退を慶喜様に進言した張本人は会津藩家老の神保修理っていう按配。薩摩軍は新政府を名乗り天下に号令を出し始めている?
 今さらながら会津に置いても修理様の罪について云々されてきちゃいました。朝敵の烙印を押された会津はこの先どうしたら良いのかあああ!
 山本家でも覚馬兄様と三郎様の身を案じて総員ショボーン・・。こうなったからにはいったん撤退恭順するのが良いみたいにおっしゃる尚之助様は総スカンです。朝敵の汚名を返上してやり直すための恭順です、まず無実を訴えつつ戦に備えて軍略を立てるのです、と尚之助様。冷静だなああ。洋式調練の具体策を進言する、あなたは密かに領内の鉄砲火薬鉛などを集めてください!と言われれば、八重様も思わず「はいっ」と良いお返事・・・。
 で、覚馬兄様、まだ生きていた!薩摩藩の牢屋に入れられてた!でもこのままだと打ち首獄門は必定?厳しい境遇ですねえこれは。西郷~会津に手を出すな~!西郷~!西郷~~~!あ、この西郷ってのはあくまでも薩摩の西郷さん様ですからねっ!

 さてお江戸にもどった会津の面々、修理様は監禁中ですか。慶喜様を唆して江戸へ返したのも、配下の兵を見捨てて置き去りにしたのも全部修理様の所為だってことになってるんですか!はあああ!今宵のタイトル、「敗戦の責任」ってのがこれですか!つまりその全部を一身に受けて憎まれて?どおおなっちゃうの修理様!
 容保様はむしろ責任は自分にあると、まあそりゃそうですよねえ、色々言われて追い詰められたにしても結局ご自分も一緒に江戸に帰られたわけですし・・。あの夜容保様の姿が見えなくなった時、修理様も所在不明だった辺りも不審を呼んでるんですか。あくまでも休戦をご進言しただけでしたのに・・・。むしろ監禁しているのは修理様の命を守るため?いやああ、どこまで嫌われたものかとおおお!
 負け戦の責任を誰かに背負わさずにはいられないのかもしれませんけど、にしてもしかし、胸が張り裂けそうな境遇。しかもそれに加えて、容保様に対して登城禁止の処断!会津は江戸から出て行け?酷いなあ慶喜様。追い詰められた容保様の表情はもう鉄板でイイ感じですけど、今回ばかりは!自分が子分をさらに追い詰めてんだからね!
 こうなるともう修理様の命は風前の灯って感じですよ。容保様がやって来て言うよう、修理・・・(いろんな言い訳)・・・切腹申しつける。ひいいいいっ!最後の最後に何てまた非情なお裁きですか殿様~~~!
 修理様返して曰く、有難く承ります。その後に残った秋月様の解説では・・明日の朝まで張り番はおりませぬ、殿の命により邸の警護もゆるめで織りまする、殿の思いなにとぞおくみ下され、生きてくだされ、と。
 はは~~ん、初手からそういうおつもりでしたか容保様。でもねえ、この場を逃げたからってその後の逃亡生活はどうするんですか!どうせのたれ死ぬのなら武士らしく切腹する方が何ぼかましかもしれませんよ?・・・詰めが甘いのよ、容保様~~~!
 殿は全てを分がっていでくださる、それで十分と涙ながらに笑みを浮かべて、修理様みごとにお腹を召されましたそうで・・・。いやいやいやいや、切腹ってのはなかなか死ねないんでしょう?生きていたいと言う生物としての最低限の希望を自ら踏みにじって踏みにじって一寸刻みの五分刻みに命を削り取らなければ死ねないんでしょおおお!
 泣いてますねえ、容保様。今宵ばかりは、泣け!って言いますよ私も!今宵ばかりはあなた、しっかりしてよお殿様って文句の一つも言いたくなりましたよおおお!
 そもそも負け戦の責任って言いますけど、彼が切腹したって何の解決にもならないわけで、むしろ有能な人材を亡くしただけ、みたいな・・・ああでも、合掌。

この記事へのコメント

2013年05月26日 21:38
保科正之の残した御家訓がしっかりと首を絞めた形になってしまっていますね。
責任感の強い容保。完全に慶喜に振り回されています。
2013年05月27日 08:06
ryi様、こんにちは~。
いやいや保科様!先日再放送してた杉良版一心太助では好人物でしたのに・・っていうか徳川家が安泰だったらその家訓で二重丸だったんでしょうけどねええ~。やっぱりこういうのは改正の手順まで示しておくべきなのかも。
悪魔のような慶喜様!上司にしたくない歴史人物ランキングがあったらベストテン入りは確実でしょう!!
鹿二郎
2013年05月27日 08:49
おはようございます。
慶喜様、”最低”の一言ですね。兵士の士気を下げることしかしていないような気が・・
黒手袋で指揮棒を振る西郷さんは、徳川殲滅の気迫をみなぎらせているご様子。総大将の器の違いが・・
慶喜様の稚拙、逃げ腰の采配で、三郎様や、若き会津兵が散ったと思うと・・・
容保様も、いい加減に慶喜様を見捨てれば、酷い目に遭わずに済んだのに。
慶喜様、容保様の従順さを利用するつもりで、京都守護職に祭り上げた気にも・・
神保修理様も、完全に生贄ですよね。帰りを待つご婦人を思うと涙が。
 しかし、私も、幕末に生まれてたら、とんがり軍帽被って薩摩兵として戦ってた可能性大ですので、複雑な心境で視聴しておりました。
2013年05月27日 18:32
鹿二郎様、こんにちは~。
いえホントに!サイテー!ですとも!もしも自分の上司が慶喜様だったらと思うと!冷や汗ガクブルですよ!
その一方で薩摩の西郷さんは超ド級の大軍神!いやああ、ご立派!
上に立つものがしっかりしてないとこういう犠牲が余計に出てしまうんですねええ。
しかも今回は容保様も!もうちょっとしっかりしていただかなくてはとおおおっ!
三郎様と修理様、今宵犠牲になったお二人ですけど、
修理様の大悲劇のおかげでちょおおっと影が薄くなっっちゃいましたか、三郎様・・・
鹿二郎
2013年05月27日 19:58
こんばんは
しかし思うのです。坂本龍馬様がご存命なら、どうされてたのかと。おそらく開戦は止められなかったと思いますが・・西郷さんがやる気満々ですし。

ところで、錦の御旗が掲げられたとき、新政府軍の先頭で騎乗されてた、古風な武者姿の頼りなさげな御人、あんた誰?でしたね。 おそらく、権威付けのため、鎧を着せられた御公家様でしょうが。
2013年05月27日 21:08
鹿二郎様、こんばんは~。
龍馬様がご存命だったら?修理様にも一目置かれてたみたいな解説でしたし、きっとなにかもっとこう、何かかにか丸く収めるような・・・・はああああ!だだだ、だから暗殺されたんですかっ!
なんたる非情!なんたる非道!なんたる外道な歴史の成り行きなのでしょうかああああっ!
まさか黒幕が西郷さん様みたいな事は・・・(汗)

錦の御旗のシーンの頼りなさげな兜の方!せめてテロップで紹介してほしかったですねええ、私も、この人は誰?って目が点でした・・・はい~。
長兵衛
2013年05月28日 07:32
6日朝、前線から戻った修理は慶喜、容保に拝謁して、襟を正して語った。
「徳川家が累代の政権を朝廷に返上して公議輿論をもって、天下の国是と決めた事は至大の美挙と存じます。
今や慶喜公は前将軍であらせられる。既に政権なく、又責任無し。
従って、薩長を暴臣だとして直ちに君側の好悪を除こうと大兵を送るのは正しくございません。」
『七年史』

江戸で兵を建て直し、再起を期す。これしか徳川を救う道はない。
修理はそう説いた。ある意味で正論だったが江戸に戻って立て直せるかといえば其の保証は全くない。
修理はまだ若く、其処迄の読みは無かった。
慶喜は狡い男でもある。修理のこの言葉に飛びついた。
会津の神保に言われたので江戸に戻ったと責任をなすりつける。

『鳥羽伏見の砲声・徳川幕府終焉の裏舞台』星亮一著・三修社

今回「八重の桜」で採用された話って、この説でしょうねぇ。

『七年史』北原雅長著・マツノ書店復刻

読めば解りますが、江戸の江の字も出てません。
あるのは「兵を収め=兵を引く事」と「謹慎して朝命を待つ=恭順」でしょ?
神保修理は「江戸に帰って…」云々とは言って無いじゃん?

前半部分のみの抜粋で後半部分で修理が恭順主張している部分をわざと掲載せず隠したのは自分の主張が崩れてしまうからですかねぇ。


たたかうあるみさんのブログ「会津藩」
http://app.f.m-cocolog.jp/t/typecast/1071435/1094529/84903377


2013年05月28日 07:58
長兵衛様、こんにちは~。
ある意味上手い事つなげたわけですか。ガッテンガッテン・・
にしてもしかし、政権を返上して朝議にも出席してなかった以上、そもそも戦うべきではなかったような・・今作の慶喜様は自己保身のための開戦でしたからより一層そんな感じがいたしますねえ~。
神保修理切腹の真実(史実)
2013年05月28日 22:06
「錦の御旗」は「朝廷の軍」を意味しており、大阪城に居た徳川慶喜はこの知らせを聞いて大いに動揺したという。
朝敵となった徳川慶喜は「江戸で戦う」と言い、大阪城を捨てて海路で江戸へ逃走する。会津藩主の松平容保らも徳川慶喜に従い、大阪から江戸へと逃れた。
総大将の戦線離脱という予期せぬ事態により、江戸幕府軍は総崩れとなって新政府軍に大敗した。
其処で、会津藩士佐川官兵衛ら抗戦派の怒りは「総大将の徳川慶喜が江戸へ逃げたのは神保修理の助言によるものではないか」として、恭順を主張していた非戦派の会津藩士神保修理に向けられた。
神保修理の身を案じた会津藩主の松平容保は抗戦派の会津藩士から身を守る為に神保修理を幽閉して匿ったが、其れでも尚、神保修理は新政府軍への恭順を訴え続けた。
一連の騒動を知った勝海舟は徳川慶喜に進言。進言を受けた徳川慶喜は会津藩に神保修理の身柄を幕府に引き渡す様に命じた。
しかし、抗戦派の会津藩士が引き渡しを拒否。そして徳川慶喜の要求に怒った抗戦派の会津藩士は「藩命だ」と言い、神保修理に切腹を命じたのである。
神保修理は会津藩主松平容保との面会を求めたが、面会は許可されず、偽りの藩命だと知りながらも藩命に従って自害した。
神保修理が切腹する前日に勝海舟へ送った手紙には、「遺言す、後世吾れを弔う者、請う岳飛(がくひ)の罪あらざらんことをみよ」と書かれていた。岳飛(がくひ)とは中国・南宋時代の武将で無実の罪によって陥れられたが其の後に冤罪が判明し、中国を代表する英雄となった人である。神保修理は自分を岳飛に準える事で無罪を訴えていたのだ。
こうして会津藩は神保修理という優秀な人材を1人失ってしまったのであった。








麿呂
2013年05月29日 05:34
大阪城籠城が最上策でしたねぇ。
あと、海上封鎖(天保山=大阪湾)ですねぇ。榎本艦隊だけで薩長両藩の軍艦を壊滅できる位の海軍力がありましたしねぇ。

鳥羽伏見で勝っても薩長軍にはロクな兵糧も金もなかった様ですし、幕府側は持久戦を取ればよかったんですけどねぇ~。
麿呂
2013年05月29日 15:41
【史実補足】

慶喜の決断は確かに現実を見据えた判断でした。そもそも総大将の命令を聞かない連中が各方面で勝手に戦端を開く無秩序な戦いに勝算は無いし、そんな連中の傍に居ては現実路線派の自身も危うかった。敵が恐ろしくて逃げたのではなく、自分のいう事を聞かない味方を捨てたです。其の辺の事情を察してあげないのは些か慶喜にアンフェアでしょう(史実)。

又、このドラマでは会津藩の家訓がやたら強調されてますけど、光國以来の水戸家の家訓は完全にスルーされてますよネ。これがトンズラ(苦笑)の原因なのに…。
「もし一朝事起こりて、朝廷と幕府に弓矢に及ばるるがごときことにあらんか、我らはたとえ幕府には反くとも、朝廷にむかいて弓引くといるべからず。これは義公(2代徳川光圀)以来の家訓なり。

ゆめゆめ忘るることなかれ」
現にこの家訓、慶喜公の兄・池田慶徳(鳥取藩主)も認めています。
因みに容保の兄徳川義勝(元尾張藩主)の尾張藩にも存在します。
此方は初代から(苦笑)です。
NHKでドラマになりました。
ドラマの様に
家訓をかさに嫌味たらたらは無いです。
然り気無く連れ去られたそうです。
2013年05月29日 21:27
神保修理切腹の真実(史実)様、こんばんは~。
おおお、久しぶりにコメントに新顔様でにぎにぎわいで!目出度いかな目出度いかな、こんばんは~~。
なるほど、史実においては容保様のあずかり知らぬところで追い詰められて切腹・・・悲劇ですねええ。
短気は損気と申しますが、官兵衛様ももう少しこう、何とかしていただけなかったんですかねええ・・・(涙)
2013年05月29日 21:34
麿呂様、こんばんは~。
大阪城にこもったまま、外国との貿易やら国内の交易やらを一手に握って経済力で?その上海軍力で海上封鎖で?なるほどそれこそガッテンガッテン!
しかも史実では慶喜様の命令を聞かない徹底抗戦派による暴挙がすなわち鳥羽伏見!?
しかもその上、水戸藩家訓により朝廷には逆らえない定め!?なるほど~~、そう聞いたらほらほら、今作の慶喜様はともかくとして、史実の実在の慶喜様にはちょおおっと私も言い過ぎました、すみませんすみません、ナムナムナム。
慶喜様の御墓にちょっと私、お詫びしてこようかしら・・・
麿呂
2013年05月31日 05:36
毎回ブログ拝読させて頂いています。
悲劇を語っても何故か愉快な文章力(笑)!
超ナイスっよ!

さぁ~て佐川官兵衛ってイイ人なんだけど【張飛】みたい。単細胞で思慮が浅い!!。

松平容保は実直聡明だけど、政治音痴でリーダーシップに欠ける。
兄義勝の方が政治的能力有り、明君といえる。只、この人も松平春嶽同様、政治的手法が余りにも正攻法で知略に乏しく、乱世には物足りない。

会津藩の悲劇の本質は一部を除き、上から下迄ガチガチで柔軟性に欠けた事。
でも殆どの他藩が同様だったから当時としては普通だったけど…。
只、藩の教育水準が高く、明治以降も人材を輩出した事が他藩より優れていた…。
政治家は居たっけ?

まあ貧乏籤引かされた事は十分に同情致します(泣)!!
幕府って開府以来ずっ~とこの手法だもんねっ(怒)
これで260年…う~ん
いつの時代も【政治】ってこんなもんヨ。

【明治維新はは暴力革命】って言う人が居るけど(半藤一利さん)客観的に見て、東照神君家康も豊臣家を滅ぼす為にあらゆる陰険な手口(イチャモン)を使って根絶やしにしてしまったじゃん(怒)。
其れに比べたら徳川宗家(本家)も会津松平家も残ったし、家康よりマシじゃん?

【因果応報】って事でお互い様って感じでチャラにしましょうや。何時迄たっても【明治政府=薩長憎し!!】じゃあ成長無し!!

うん!?昨今は【慶喜憎し!】だって…(呆)
【大政奉還】は愚策だった!?…(呆)
幕府が続いた方が其の後の日本が健全だった……(呆)
うわぁ~~~
【佐幕史観】
恐ろしやぁ~

2013年05月31日 20:04
麿呂様、こんばんは~。ありがとうございます~。
官兵衛様は直情型、獅童様の表情がものすごく怖いんですけど~。
容保様はもうちょっと上手く立ち回っていただきたかった感じです。イイ人なんですけどねえ・・友達にするなら断固こういう・・あ、いえ!決して私がウマい事利用してやろうなんてつもりは全っ然ないですよ!
会津藩自体もうちょっとゆるく考えられたら、っていうか、やっぱり御家訓も20年に一度くらいは見直しといても良かったのではないかとおお~~!
今回は会津目線で見てますからもう大変に残酷な感じですけど、言ってみれば政権転覆の大革命ですものねえ、この程度で済んだのは奇跡的に平和的な成り行きだったのかも知れません。貧乏くじの会津以外は。
もしも幕府が続いていたら、みんなチョンマゲでスマホをクリクリしてたんでしょうか?島田の髷のセーラー服とか、お歯黒マダム・・いやああ、一見愉快かもしれませんけどやっぱりそれには無理がありますよねええ。
麿呂
2013年06月01日 23:35
あの錦の御旗共に現れた御方は仁和寺宮様と判明致しました。
2013年06月03日 08:50
麿呂様、こんにちは~。
あ、総督様でしたか!後に陸軍大将になられた偉人の宮様ですよね。
これはこれは、御見それいたしました~。
2013年06月03日 08:56
なな様、はじめましてこんにちは~。
お褒めにあずかり恐悦至極でございます~。
あ、でもそちらのURL、私のインターネッツではどうも拝見できないみたいな・・・(汗)
麿呂
2013年06月03日 10:05
お早うございます。
昨日出番を期待しておりましたが、何かさみしいなぁ~。散々振り回されましたが……(笑)そのお方の脱出逃亡詳細を記載しておきます。

◆脱出逃亡劇

①1月4日午後4時

淀の戦場に錦旗登場

②1月5日午前中

土佐藩が幕府軍攻撃。
彦根藩裏切る。

③1月5日夕刻

淀藩・津藩・藤堂藩寝返る。

④1月5日夜

慶喜、大坂の町事情に明るい大目付松平信敏を大坂町奉行に転任させる。

神保修理を引見。

⑤6日早暁

修理、容保側近に『慶喜公東下、我が公も陪従』告げる。

会桑藩士らは其の阻止に動き出す。

⑥6日正午

慶喜から老中・若年寄らと共に東帰を告げられる。

⑦6日夜半

『付いて参れ』と言われ、其のまま城の後門から逃亡。

天満八軒屋から苫船に乗り、天保山沖(大坂湾)に出て、海陽丸を探すが見つからずアメリカ艦に一晩泊まる。

⑧翌日7日朝

開陽丸乗船。

慶喜御測衆・侍医らも乗船。

この時、大坂城内は大騒動!!

⑨7日正午

開陽丸出航。


⑩12日
御浜御殿に着いて『ビスケット』を献上され食されたとか。

其の後、騎馬で江戸城に入る。

会津藩主・桑名藩主・老中・若年寄ら数名と共に脱出逃亡。

(戦の旗頭になりそうな人物のみ連れ出した)

途中、シケに遇い、殆ど飲まず食わずの御一行逃亡劇でした(苦笑)とさ。
麿呂
2013年06月03日 17:31
【参照】
戊辰戦争から約10年後に西郷隆盛には意趣返しの様に周りに祭り上げられて【西南戦争】を起こしてしまいます。そして西郷は慶喜とは真逆に最後の一兵卒に至る迄戦い抜く、という姿勢を貫きました。結果がどうなったのかと言えば、司馬遼太郎曰く
『日本には純粋な意味での野党勢力が消滅し、本当の意味での政権交代が行われる事が無くなってしまった』
(街道をゆく~肥薩のみち)という思わぬ副作用が残りました。
即ち、日本の政治・社会に於ける多様性が消えてしまった事で異なる意見を許容する寛容さがこの時代から徐々に失われていきました。
革命に成功した西郷よりも旧勢力の長であった慶喜の行動の方が新時代の政治のあるべき姿を体現して居たのは皮肉というか何というか。
直後の大久保の死で日本には本当の意味での与党もいなくなり、官僚機構だけが残った。
官僚はシステムですから、其れを制御する政治家が必要ですが、そうした器量のある政治家がいなくなったのもシステムの暴走を生んだ一因かと思います。
先が見えない時には一旦、足を止める価値観が『西郷伝説』の誕生と共に蔑まれる様になった。

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